第15回 「今生きているということ」
死について考えたことがありますか。
死ぬのがこわいと思ったことがありますか。
そして、生きることについて考えてみたことがありますか。
中学生クラスの12月の授業のテーマは「ホスピス医療」。
ホスピス医療とは病気にともなう体の痛みや、死を目前にひかえた患者の心の苦しみなどを少しでもやわらげる、「緩和ケア」を目的とした医療と言われています。
今回は、「病院ではなく、住み慣れた家で家族とともに限られた時間を全うしたい」
そんな患者さんの最期の想いを、医師として支え向き合う在宅ホスピス医・内藤いづみ医師に密着したドキュメンタリー番組「あなたを家で看取りたい」(制作:株式会社テレビ山梨)を観て、今生きていることのかけがえのなさを考えていきました。
番組に登場する患者さんは林さん。91歳。内藤先生を心から信頼し、在宅ホスピスケアを受けながら家族とともに穏やかな日々を過ごしていました。映像を見た多くの子どもたちが、「なぜ死を目前にしてあんなに笑顔でいられるんだろう。」と書いていたくらい、本当にやわらかな、あたたかい空気に家族全体が包まれているのです。医師・患者・家族がひとつになって「生きる力」に立ち向かっている、そんな光景に心を打たれました。
数ヵ月後。林さんに最期の時が訪れます。容態が急変し、眠り続ける林さんに「おばあちゃん、ありがとう。」とたくさんのひ孫さんたちが声をそろえて呼びかけます。子ども、孫、ひ孫・・・。大勢のかけがえのない家族が林さんの最期を見守り、林さんは旅立っていきました。「林さんは人のぬくもりを感じながら旅立っていったんだ。」子ども達はそう言いました。別れは悲しい。でも、悲しみという嘆き以上に、不思議なくらい優しいあたたかさが心に残りました。
その後、子どもたちは黙々と思いを書いてくれました。多くの子どもたちが「死について考えたことがある。」と書いていました。そして、「自分は死んだらどうなるのか、二度と今の生活にはもどれなくなる。『自分』という存在はこの世から消えてしまうのか・・・。考えれば考えるほど死に対して恐怖を感じてしまい、なかなか眠れなくなることがあった」と。
核家族化が進み、今の子どもたちは命の誕生や命の終わりを目にする機会がなくなった、とよく言われています。実際に、子どもたちにとって「死」は怖いものであり「病院で死ぬ」というイメージがとても強かったようです。そして今回、初めて在宅ホスピスケアのことを知り「こんな幸せな最期もあるんだ」と強い衝撃を受けたようでした。しかし、同時に、「私も年をとったら、大好きな家族と大好きな家で最期を迎えたい。自分の親も家で看取りたい」という思いと同時に、「余命の限られた人が最期を住みなれた家で家族とともにすごすこと。でも私は少しこわいです。もうこの笑顔も見られなくなる。声も聞けない。それも永遠に・・・と考えてしまうからです。」「私のおじいちゃんは暗い病院の個室の中で死んだ。でもその二時間ぐらい前に母と二人で帰ってしまって最期を看取れなかった。でも、私は最期を見るのが怖い。自分もこうなってしまうのかと思うと最期を見なくてよかったと思うときもある。」・・・という複雑な気持ちも綴られていました。
生きている、ってどういうことなんだろう。どうして人は生まれてくるんだろう。
内藤先生は、こう言います。
「人は誰かと出会うために生きている」
人間はきっと、一人一人が小さな歯車を持っています。誰かが誰かに出会い、その歯車がかみあって、歴史は動いていくのだと思うのです。
「器である体と本体である魂が一緒にあるから人間。私もこの考え方だったらいいなと思ったことがある。そうすればまた、いつかどこかでめぐり会うことができるからだ。死んでもいつか別の形で出会うことができると信じていたい。」「人生はリレーなんだ。一人一人速さが違うように命の長さも人それぞれ。命のバトンは人から人へと伝わって、人類がいる限り決して止まりはしない。だから私は最期まで命のリレーを走りぬきたい。そして次の人へ命のバトンを渡していきたい。」
子ども達の文章からは、「死」を通して確かに見えてきた「生」があふれているような気がしました。
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと
(谷川俊太郎「生きる」より)
最後に、谷川俊太郎さんの詩「生きる」を読みました。そして、子どもたちの「生きる」を知りたくて、この詩の続きを描いていってもらいました。
「生きているということ いま生きているということ
それは友達と笑いあうということ いまどこかで木の葉が舞うということ 嬉しいと眠れないということ
前期試験に落ちるということ それをみんなで励ましあえるということ
家族のあたたかさを感じてうれしく思っている自分がいるということ
いま ほんのちょっぴり成長しているということ 」 ・・・・・・・・・。
一つ一つの言葉に込められたキラキラとまぶしい「生きる」の結晶たち。あわただしく過ぎ去っていく日常の中にはかけがえのないきらめきがたくさん存在するんだということをあらためて実感します。
この春、作文倶楽部トトロが開校して初めての中学生の子ども達が、卒業を迎えます。
部活を終えて、ジャージ姿でへとへとになりながらも教室に通い続けてくれたみんな。本当にありがとう。
これからも「今、この時」をたいせつに、固有名詞のついた人生を開拓しつづけてください。