第25回 忘れられない香り

あるにおいをかいだとき、それまで忘れていた古い記憶が鮮明によみがえったという経験はありませんか。

嗅覚は、他のどの感覚よりもはっきりと、具体的にその記憶を呼び起こす力をもっているのだそうです。

 

中学・高校生クラスの子ども達と「香り」にまつわるエッセイを書きました。

冬の風の香り。雨の香り。大好きな昆虫をとりにいった森の香り。

一人一人に、忘れられない大好きな香りと、その思い出がありました。

それらは冒頭で述べたように、驚くほどに鮮明で、あたたかなものばかりでした。

ある女の子の作品を紹介します。

 

 亡くなった祖父母の家の香りが好きだ。祖父の香水と祖母の化粧道具の香りが混ざったなんとも落ち着くその香りに包まれて、私はいつも穏やかな気持ちでいられた。
 私は幼い頃から、両親が共働きだったため、祖父母の家にいることが多かった。朝からいることも多かったので祖母の化粧をする姿を見ることも多々あった。祖母が化粧箱を持ってくると、私は決まって隣に座って、その様子を見ていた。ファンデーションをはたいたり、口紅をひいたりすることを見ることも楽しみだったが、その道具たちから漂ってくる香りを嗅ぐことが、私を一層楽しい気分にさせた。
 祖父は香水が大好きで、いつもその香りを周囲にふりまいた。母はその香りを嫌ったが、私は結構気に入っていた。祖父母の家にある座布団には、いつもこの二つが混ざった香りがしみ込んでいて、その座布団の上で寝ることが私は好きだった。
 祖母が亡くなって五年、祖父が亡くなって三年が経つ。祖父母の家が空いてからは、ぱったりと行かなくなってしまい、月日とともに祖父母と過ごした思い出も私の中から薄れていってしまっている。
 少し前に、久しぶりに祖父母の家を訪れたが、私にとってのその家の香りが消えていた。祖父母がいなくなってすぐの時は、まだ良い香りがしていたのに…。ショックを受けたのと同時に、その場所で過ごした日々がなくなってしまったようで、ひどく悲しかった。
 私にとって、祖父母の家の香りは祖父母との思い出そのものだったのかもしれない。しかし、薄れてはいるものの思い出は永遠に消えないと思う。いや、消せないと思う。
 私は辛いことがあったとき、何度も祖父母との思い出に助けられた。受験や勉強に追われて大切なものを忘れがちだが心にしみついた大好きな香りと心の支えになってくれる思い出を胸に、自分らしく生きていきたい。

 

読んでいて、胸がいっぱいになりました。

 

何気ない毎日の中には、たくさんの宝物が散りばめられていて、

それらすべてを人間の五感はキャッチし続けてくれているような気がします。

 

季節はめぐり、また春がやってきました。

思いっきり深呼吸して、春の香りを心に刻んでいきましょう。

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