第38回 わたしのお気に入りの一枚 ~山梨県立美術館~

1年間、みんなで取り組んできたアートカードに描かれた絵画の「本物」が見られる場所、山梨県立美術館。
最後の課外授業は昨年に引き続き、五味先生が担当してくださいました。

とっても盛り上がった「ものまねポージング」。アートカードを使って、芸術作品になりきるゲームです。
出題者は選んだカードの登場人物や背景、情景などをジェスチャーで表現します。
他のプレイヤーは、そのジェスチャーを見てどの絵画を表現しているのかを当てます。
人物の絵画のジェスチャーは比較的簡単なのですが、建造物や植物の表現が難しい!
ちょっと恥ずかしがりながらも、自分の選んだ絵画を、体全体を使って相手に伝えていきました。

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いつも思うのは、慣れない環境への緊張や不安がカードで遊ぶとあっという間にどこかに行ってしまうなということ。
みんなで同じ絵を見て、話して、表現して、笑うことで何か大事な空気を共有する。
一枚の絵画が、みんなの気持ちを結び付けてくれているのかもしれません。

その後は、いよいよ鑑賞です。
今回はミレーの代表作「種をまく人」の前にみんなで座って、先生からお話を聞くことができました。
農家の生まれであるミレーは、幼い頃に見た父の働く姿を思いながら、この絵を描いたのだそうです。貧しい地位にあった農民を描く画家は珍しかったといいます。山梨県立美術館とボストン美術館。世界に2枚しかない、ミレーの本物の絵を前に、みんなで想像します。描かれている時間は朝なのか、夕暮れ時なのか。いったいなんの種をまいているのか。絵画の中に描かれた小さな黒い点々は、種ではなく鳥だったということも教えてもらいました。

続いて 「冬(凍えたキューピッド)」

先生:この子は誰だろう?
子ども達:天使!?キューピッド!?
先生:どんな様子かな?
子ども達:寒そう。震えてそう。肌の色が悪い。
先生:他に何が見える?
子ども達:雪の上に足跡がある。雪の上に矢が落ちてる!

凍えたキューピッドは、暖かい部屋に招き入れられて元気を取り戻します。いたずら好きなキューピットはこの絵の中の老人を矢で射って、召使いの女性に恋をさせてしまったのだそうです。
「ラブラブだねー♡」
この日以降、子ども達にとってこの絵は「ラブラブの絵」という名前になったわけですが(笑)
6年生の子ども達がこんな感想を書いています。
「ミレーのキューピットの絵がすごく好き。そしてその絵に物語があると知った時、もっと好きになりました」


近くで鑑賞されていたご婦人に、
「大勢でお騒がせしてすみません」とお伝えすると、
「とんでもない、私もとても楽しませてもらったのよ。」
と微笑んで下さり、なんだかとても幸せな気持ちになりました。
先生のお話に、子ども達も館内のゲストも、みんながすーっと吸い込まれていく幸せな空間。
150年以上も前にミレーが描いた絵画がくれる、心地よい時間。

ミレーはどんな思いを込めてこれらの絵を描いたのでしょうか。
画家としてのミレーの仕事を理解することは簡単なことではないに違いないのですが、
時を超えて今もなお、ここに訪れる多くの人達が、豊かな時間や優しい気持ちをこの1枚の絵から受け取ることができること。
本当に、素敵だなと思いました。
一人の画家の仕事が私たちに残してくれたもの。伝えてくれたこと。
そんなふうに感じながら美術館を歩いてみると、ここはそんな抱えきれないほどの愛ある仕事がつまった場所だったんだと。
「仕事は深ければ深いほど、いい仕事であればあるほど、人の心に満足と豊かさを与える。
 一人の人間が愛する相手は限りがあるが、仕事を通して人を愛すると、その愛は無限に広がる」
(「天の瞳」灰谷健次郎)


あの時ほど、この言葉が心に落ちた瞬間はありません。


その後は、甲府ゆかりの女性画家である野口小蘋の作品を集めた企画展「没後100年 野口小蘋」へ。
花鳥画や山水画。先ほどのミレー展とはまた雰囲気の違う日本独特の絵画がそろいます。
その中で先生が取り上げてくださったのは二枚の美人画。
「顔の描き方が変わってきているよ。どこが違うかな?」 
目の細さや唇の形。時代とともに移り変わっていく女性像を小蘋の絵画から垣間見た気がしました。




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美術館での課外授業3年目となる今年、一番はっとさせられた子ども達の言葉が、

「見たかった絵がなくって(飾られてなくて)残念だった!!!」

ただなんとなく美術館に出かけた、のではなく「見たい絵があって出かけた」というこの進歩!



これからを担う子ども達に、世界中にあるたくさんの素晴らしい作品に気づいてもらいたい。興味を持ってもらいたい。
いつかは美術館に来て、本物の絵を見て感動してほしい。このアートカードは遊びながらその「いつか」を子ども達に思い抱かせる美術館への予告編のようなものです。



心打たれて、何度も何度も読み返した、ガイドブックの言葉の数々。
「次に行った時は、絶対にあの絵を見たい。」
そんな多くの子ども達の声を聞いた時、この教材が作り出してくれた「その時」に立ち会えたような気がしました。
アートカードは確かに、美術館と小さな子ども達をつないでくれたのです。


ミレーの作品に「物語」があることを知ったから、3月の最後の授業では「一番好きな作品」を1枚選び、ショートストーリーを作りました。
ちょっと怖い物語だったり、ラブストーリーだったり、ファンタジーだったり。
まったく何もない状態から作る物語作文とは、また一味違った作品となりました。
今度はカードを見ながらではなく、本物の絵の前で物語を書きたいと言っていました。
「次はぜったいに、バックヤードも見てみたい。」
「バックヤードは広いのかな。せまいのかな?絵の具のにおいがするのかな?」
「あのね、ミレーの絵は何億円もするんだって。先生が、絶対に売らないよって言ってた。他の絵も高いのかな?」
子ども達はまだまだ知りたいことがいっぱいのようです。

「よくわからないのもあったけど、説明してくれる五味先生がいたから楽しかった!」
学年も関心の深さもばらばらで、本当にいろいろな子がいる中で、
いつだって子ども達に寄り添って授業を考えて下さる五味先生。今年も本当にありがとうございました。

いよいよ新しい年度が始まります。
今年もまた一枚、みんなの「お気に入りの作品」が増えますように。

 

2017.4.12
 

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