第5回 "花言葉"に込めたメッセージ

 

あじさいは 夏をつたえる 宅急便
近くの公園に夏さがしに出かけた時、子ども達がこんな俳句を詠んでくれました。
キラキラ光る雨のしずく。雨にぬれた草木の香り。そして、紫陽花に降り注ぐ愉快な雨の音。
こんな中、子ども達はもうすぐやってくる「夏」を敏感に感じとったようです。「梅雨」はうっとうしい季節と言われがちですが、こうやって、ゆっくり雨の中を歩いてみるとなんだか妙に心が落ち着いて、悪くはないなあと思えるから不思議です。

 4月に新学期が始まってから早3ヶ月。どのクラスも、はじめての作品作りに取り組んでいます。今回は、5・6年生クラスが挑戦している物語作文『花言葉伝説』でのエピソードをお話したいと思います。

 私たち人間の身近にある「花」にはひとつひとつに「花言葉」とそれにまつわる「伝説」があります。夏の代名詞である「ひまわり」の花言葉は『憧れ』。その昔、陸に上がることを禁じられていた海神の娘が、太陽神アポロのまぶしさ、美しさに強く憧れます。そうして、太陽神を見つめつづけているうちに一輪の花になってしまった、という伝説が残っているそうです。だから今もひまわりは太陽の方向を向いて咲くのだとか…。ずっとずっと昔から、人間は草花と寄り添って生きてきました。そんな中で、人間は、草花に愛情を込めてさまざまなメッセージをたくしてきたのでしょう。

 5・6年生の課題は『主題(テーマ)を込めた物語作文』。これは、物語作文の中では最もレベルの高い課題です。おもしろくて楽しいお話作りとは違って、思いやり・友情・
努力・助け合い…といった『メッセージ』を意識しながら物語中に組み込んでいきます。

 まずは、教室の外へ出かけて自分のお気に入りの「花」をさがすことから始めました。そして五感を使って、その花の様子を観察します。さわった感じはどうか、香りは、色は、音は…??そうやってその花を『言葉』でスケッチします。そのあとはいよいよ物語の構想を練ります。この花を通して、どんな『メッセージ』を伝えようか…と。

 8人が、それぞれの感性で描き始めました。夢、友情、協力、幸せ、生命力、助け合い、信じる、憧れ。メッセージが違えば、当然、登場人物もストーリーも違います。私が、この仕事をしていて最高に幸せだと思うのは、何年この仕事をしていても、ひとつとして同じ作品に出会うことがない、ということです。今、子ども達が描いている作品は、今もこれから先もずっとずっと、『この世でたったひとつの作品』なのです。
 ある男の子は、こんなストーリーを書いています。主人公は森の動物達。山菜取りや木の実採りにやってくる人間たちのおかげで、すっかり食料がなくなり、草花が荒らされ、動物達は困り果てています。人間の身勝手な行動に怒った動物たちは、ある日、森の中に落とし穴を仕掛けて、人間たちをこらしめようとします。それでも人間たちは反省の色もなく、相変わらず草花を平気で踏みつぶします。そして数日後、また同じ落とし穴に落ちる人間たち。そこには、このまえ踏みつぶした花がキラキラと輝いて健気に咲いているのです。そこへ動物たちが集まってきて訴えます。「踏まれたけれど、その花は元通りに元気になっているだろう?この花は、みんなを幸せにしてくれる。自分も他の生物もみんなをいっしょに幸せにしてくれるんだ。だから、人間もこの花をみならってほしい。」…。みんなをやさしい気持ちにしてくれるこの花の花言葉は『幸せ』です。完成まであとひといき。環境問題も絡めた、とっても深みのある、それでいてほんわかとやさしい物語に仕上がってきています。
 文章を書きながら、子ども達はさまざまなことを考えます。この時、主人公はどう思っただろう?もし自分だったら、なんて言うだろう?幸せ、ってどんなときに感じるだろう?…。そうやって、考えて考えて、とっておきの言葉をつかまえていくのです。子ども達が自分の力でその言葉をつかんだ瞬間は、私もほろりときてしまいます。
「考えること」これは、とっても根気のいる作業です。「考えること」の楽しさを知らないうちは、必ずと言っていいほど子ども達はテレビゲームの世界を描きます。誰かと誰かが戦ってどちらかが死ぬ、というパターンのストーリー展開です。その文章を見てたいていの大人は「なんて残酷なことを書くの!」と落胆しがちですが、子ども達に悪気はありません。ゲームの世界は、子ども達にとって最も手っ取り早い身近にある「ストーリー」なのです。
 でも、どんな子どもも、このゲームの世界から抜け出せる日が必ずやってきます。教室の仲間の発言を聞いたり、五感を使って物を見たり、自分の気持ちを発表したり…そんな小さな自信の積み重ねの中で「考えることが楽しい」と思えた瞬間に、次のステップに進むことができるのです。どんな子どもも、何かを感じとる力を必ず持っています。だからこそ、その土台をあの手、この手を使って耕していけたらと思うのです。

 もうしばらく、雨の季節が続きそうです。みなさんなら、あじさいにどんな花言葉をつけますか?そして、どんな伝説をイメージしますか?ぜひ一度、お子様といっしょに考えてみてください。きっと、ハッとする発見があると思います。

2005.06.17

 

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