第9回 「大好きな仕事を見つけるために」

長い長い夏休みも終わり、秋の気配を感じるようになりました。
この夏休み中、図書館やお店などで「職業体験」をしている中学生の姿を多く見かけました。作文教室に通っている子どもたちの中にも「今日、お父さんの会社で職業体験してきたんだ。」という子たちがいました。きっと貴重な経験であったのだろうと想像します。
今日は、「読書感想文教室」で垣間見た子どもたちの「職業観」について少し、書いてみたいと思います。

 「先生、オレ、建築家に関係する本読みたいんだけど。」「オレは医療関係の本がいいな。」・・・。今年の感想文は何を書こうか、と話していたとき、中学生の子ども達からいろいろなリクエストがあがりました。いつもなら、同じ一冊の課題図書を使ってみんなで書いていくのですが、もう基礎をしっかり積んできた中学生。今年はその子にピッタリの本を選ぶところから始めてみることにしました。
 将来、お医者さんになりたいという男の子が選んだ本は「ぼくたちの生きる理由―ホスピス病棟203号室」。もうこれ以上治療することがむずかしいと診断された、末期ガンなどの患者たちが生活している横浜甦生病院ホスピス病棟での、小澤竹俊医師と患者の交流を見つめたノンフィクションです。
「もっとも心に残った場面は、小澤医師と患者との会話の場面。」と彼は言います。「小澤医師は患者が言った言葉を必ずもう一度繰り返す。はじめはなんでだろう?と思った。しかし、読み進めていくうちに同じ言葉を繰り返し言うことの真意がだんだんわかってきた。日常生活で飛び交う何気ない会話。いつも、僕達は相手の言うことに対し、『へぇー、そうなんだ。』とか『ふーん、すごーい。』とか単純な返事しかしていない気がする。それに自分の意見をおしつけがちで最後までしっかり相手の話を聞かないことがたびたびあると思う。」・・・。自分自身の日常と比較することで、彼は「話をじっくり聞く」ことが医者だけでなく人間にとってのコミュニケーションの土台となることに気づいたようです。
スイスの偉大な建築家「ル・コルビュジュ」の生涯の本を読んだ男の子は、形ばかりでなく、とにかく暮らしやすく便利な家作りを目指したコルビュジュの考え方に共感しつつ、世の中を騒がせた「耐震偽装問題」にふれ、「家」とは人間にとってどういう場所でなければならないのか、ということを一生懸命考えて書き進めていました。また、「ぼくのお父さんは建築家だ。お父さんはこんなことを言った。“何の仕事をするにしても、まじめに真剣にしないとダメだ。”」・・・。この男の子は、この本をきっかけに、お父さんととことん「仕事」についての話をすることができたようです。

「仕事は辛いものだ、みなさんはそう思っていませんか。それは間違いです。たとえばわたしの仕事、それは小説を書くことで、楽ではありませんが、辛いから止めようと思ったことはありません。止めようと思わないのは、そこに充実感があるからです。小説を書くこと以上に充実感があることは、わたしの人生にはありません。だからわたしは小説を書き続けているのです。楽ではないが止めようとは思わないし、それを奪われるのは困るというのが、その人に向いた仕事なのだと思います。そして、その人に向いた仕事、その人にぴったりの仕事というのは、誰にでもあるのです。できるだけ多くの子どもたちに、自分に向いた仕事、自分にぴったりの仕事を見つけて欲しいと考えて、この本を作りました。」
数年前、社会的ブームになった「13才のハローワーク」。著者の村上龍さんは、本の中でこう言っています。

WBCで日本チームを世界一に導き、現在もシアトル・マリナーズで活躍中のイチロー選手は、「イチロー ~限りなき夢 少年の思い遥かに~」という本の中で子ども達にこんなメッセージを送りました。
「何でもいいから好きなことを見つけなさい。人それぞれに好きなことは違うと思います。もし、好きなことに出会えなかったら出会えるようにしなさい。本当にやりたいことを見つけるまで、探し続けましょう。」

この夏、子どもたちが一生懸命自分の憧れの仕事について考え、文章にしてくれたのを
読んで、「まだまだ日本の将来は大丈夫!」そんなふうに思いました。一冊の本を通して、ともにいろいろなことを考えさせられた夏でした。ひとりひとりが「大好きな仕事」を見つけられるよう、これからも応援していきたいと思います。

2006.9.1

コラム