第22回「食」の安全を考える

「ピー。」
日が落ちるのが早く、六時にはもう暗くなる冬。
「焼きいも」という旗をひらめかせながらやってくる車。小さい頃は、三百円ですらかなりの大金なので買うことはできなかったが、近所の子ども達が集まっていると、向かいの家の人が「おまけ」をくれた。七人ほどで分け合うので、ほんの一口ほどだったが、満足感が大きかった。
 向かいの家は、おじいさんが好きで買っているようだった。今思えば、おまけをくれる向かいの家にも、やけに多いおまけをつけてくれる焼きいも屋のおじさんにも、かなり感謝するべきはずだったものだが、向かいの家が買わないと、生意気にも舌打ちをしたりしていた。
 しばらく、差し入れがこなくなったある日。向かいのおじいさんが入院後亡くなったと聞いた。その時、初めて「人の死」というものを意識した。
 外で遊ぶことがほとんどなくなった今も、焼きいも屋にはよく会う。しかし、
「石焼きいもー。」
 というにぎやかな車には、ちっとも食欲を感じない。しかし、素朴な
「ピー。」というあの音が聞こえると、食べたいような、でも一人で食べてはいけないような複雑な思いになる。あの中身の甘さ、皮の少し苦い味、のぼりたつ湯気までも世界で一番おいしく感じているのは私達だと、いまだに思い込んでいる。

高校生の女の子が書いたこの作文を読んだとき、更け行く冬の肌寒さ、そこにあるぬくもりがまるで一つのドラマのように脳裏に浮かんできました。

「あなたにとって、なつかしい味、忘れられない味はありますか。」
そんな授業でのエピソードです。

おばあちゃんが作ってくれる具だくさんのおいなりの味。

はらぺこになった部活帰りに食べたじまんやきの味。

お母さんが病気のときに、お母さんに元気になってほしくて一生懸命作ったお菓子の味。

大好きだった天国のおばあちゃんから受け継いだ、とっておきのバターもちの味。

そこには、一人一人の確かな「物語」があり、読み手をその場に引き込んでいきます。
中学・高校生クラスでは毎月社会で起こっているさまざまな出来事を取り上げて、授業に取り組んでいます。
学校で習う教科学習とは違った角度からの問題提起。この広い世界の中の一員として、いつも社会に関心を持ち、そこに心をつなげていてほしいという願いがあるからです。

10月から12月のテーマは「食」。私達は毎日、食事をとって生きています。私達の体は食べたものでできている…といっても過言ではないでしょう。

 

2011年、3月11日。多くのもの、多くの人の命が奪われた東日本大震災が起こりました。
原発の放射能の影響で、福島産の野菜は、人々から敬遠され、売れなくなってしまいました。国産の野菜は大丈夫、という安全神話が崩れかけている今、皆さんのご家庭ではいかがでしょうか? やはり生産地を気にしながら購入されていますか?

授業では、「産地を聞いただけでお客は買わない」という現状が続き、窮地に追い込まれる生産者や八百屋の苦悩、そしてそれを打破するために奮闘する姿を追ったドキュメンタリー番組から様々なことを考え、話し合いました。
不安だ、心配だ…。でもどうして不安だったんだろう?みんなで事実を見つめて考えていく中で、そこが明確になったのです。
私達が不安な原因は、情報不足でした。
「この野菜は、この果物は検査の結果大丈夫なんです」その情報が消費者である私達に伝わりきっていなかったのです。震災の後、スーパーでは野菜が売れ残りました。しかし、一対一のやりとりでその野菜ひとつひとつの情報を伝えながら商売をしている昔ながらの八百屋さんでは、福島産の野菜が売れ残ることはなかったと言います。
「なんとなく心配で、手が出なかったけど、私が福島産を買わないことで困る人がいるんだということを初めて知った。」「食に対する不安をぼんやりさせておくのではなくて、生産者は食品についての正しい情報を公開し、私達消費者はそれを受け取らなければならないと思った。」
と子ども達は言いました。
買い物はスーパーが当たり前になりました。また、インターネットで簡単に物が買える時代にもなりました。でも、そこで本当の「安心」は得られるのでしょうか。「福島産は危ない」そんな情報を覆したのは、信頼している人から物を買うという昔ながらの商いだったのです。それを知った私達は改めて人と人とのコミュニケーションの大切さを痛感したのでした。

翌月には、食品添加物や有機野菜、遺伝子組み換え食品についても学びました。
なぜこの明太子はこんなにきれいな色をしているんだろう?なぜこのパックサラダはいつまでもしなびないのだろう?なぜコーヒーフレッシュは安いお店でも使い放題なんだろう?みりん風調味料の「風」って何だろう??
身近な疑問を挙げ始めるときりがありません。でも、私達の多くはそんな疑問すら持たずに売られているものをなんとなく口にしているのではないでしょうか。「添加物がいけない」と決めつけるのではありません。でも、ちょっとした疑問を持つ心を子ども達には持ち続けてほしいのです。なぜなら、「何かを知り、感じる」ことは学ぶこと・考えること・行動を起こすことの第一歩になると思うからです。

最後の授業のあと、クラスごとに旬の食材を買いだしに行き、料理に挑戦しました。今年の課外授業です。
学んだばかりの「食品表示ラベル」を意識する、というお題を出していましたが、買い物が楽しすぎてそれどころではなかった様子でした。
食の安全って何だろう。
考えなければならないことは山積みです。
でも、笑顔いっぱいで料理をほおばる子ども達の顔を見て、
「何よりも楽しんで食べることが一番!」と教えられた、そんな冬の授業の1コマでした。

今、この瞬間も、この世界では様々なことが起こっています。
部活に勉強に忙しい日々。でも月に1回教室に来たときだけは、ゆっくり自分の心と向き合ってほしいと願っています。

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